零との連絡は、彼が警察学校に入った直後の「また警察学校に戻ったよ。前と同じで電話はしばらくは難しいと思う。電話もらっても取れないことが多いだろうから、またこっちから連絡する」「無理しないでね。連絡はいつでも大丈夫だから」というメールだけで終わっている。
休日には電話をしても大丈夫なのだろうけれど、また電話の最中に寝るほど疲れているかもしれないと思うと、決心がつかなかった。メールなら大丈夫だろうかと思いつつ、なかなか送信ボタンを押せない。「またこっちから連絡する」という零の言葉を信じて、零からの連絡を待つことにした。
何より、私自身もあまり余裕がなかった。最後の電話をした直後から、私の仕事の忙しさが加速した。二年目に入り、ひとつの大きな仕事を任されて、帰宅が午前様になることも、それどころか会社に泊まることも少なくなくなった。
学生時代と違って、一日一日があっという間に過ぎていく。零から連絡がないまま、気がつけば零との最後の電話から四ヶ月が経っていた。
昨日、ようやく任された大きな仕事が無事に終わった。今日はこまごまとした雑務をこなし、定時に会社を出て家に帰ってベッドに飛びこんだ。
ベッドに寝転がりなら、上司に言われた言葉をぼんやりと思い出す。
「さん、よく頑張ってくれてるけど、最近少し頑張りすぎだから、少し休んだら? 例の案件も終わったし」
そう言って彼女は私を定時で帰らせて、明日も有給を取らせてくれた。
頑張りすぎ、無理をしすぎ。よく零に言われた言葉だ。
零は、どうしているだろうか。使い古した携帯を手に取り、電話帳を開いた。彼からのメールは、四か月前のやり取りが最後だ。電話に至っては、それよりさらに前に遡る。
ずっと遠慮をしてしまったけれど、零に連絡を取ってみようか。もう零は警察学校を卒業し、どこかの署に配属になっているはずだから、携帯は使えるだろう。
四か月という時間は、あまりに長すぎる。忙しかったことも、零に遠慮をして連絡を取りにくかったことも、言い訳にならない。これだけ長い時間連絡を取らなかったのだから、愛想を尽かされていてもおかしくはない。
今電話をしたところで、前のような関係に戻れないかもしれない。それはわかっている。それでもほんの少しの希望を持って、私は通話ボタンを押した。
コール音が二回、三回、四回。鳴り響く度に、心臓の鼓動が激しくなる。
十回鳴ったところで、「ただいま電話にでることができません。しばらくしてからお掛け直しください」という自動音声が流れた。
仕事中か、それとも電話を取りたくないのか。今の電話だけではわからない。とりあえず私は「元気?」とだけメールを送った。
もし仕事中なら、返信または折り返しの電話のどちらかがあるだろう。もしなにも来なければ、きっとそれはそういうことだ。
携帯を机の上に置いて、溜まった家事をしようとしたけれど、携帯が気になってなかなか手がつかなかった。
零に電話をしてから二週間。零からの連絡は、ない。
今日も携帯をにらめっこをして、ため息を吐く日々だ。そろそろ諦めるべきなのだろうけれど、あと一日待ってみようと毎日思ってしまう。
本日何度目になるだろうため息を吐いて携帯を机に置いた瞬間、携帯が震えた。慌てて携帯を手にしたけれど、画面に映し出された着信の主は零ではない。大学時代の女友達だ。
「もしもし?」
「あ、? 久しぶり。夜遅くにごめんね、今大丈夫?」
「大丈夫だよ。元気だった?」
零ではないことに一瞬落ち込み掛けたけれど、彼女との連絡も久しぶりだ。大学時代と変わらない明るい声を聞くと、自然と笑顔がこぼれる。
「元気元気! のほうが大変じゃない? 忙しいって言って全然会えてなかったから心配してたんだよ」
「あ、ごめん……。もうだいぶ慣れたし、少しは暇もあるよ」
「本当? じゃあ今度会おうよ、夕飯だけでも」
「うん」
それからは互いの近況報告をした。彼女も仕事を始めた直後は慣れない生活に忙殺されていたようだけれど、今は余裕もあり大学時代の友達とも頻繁に会っているらしい。大学時代の恩師ともこの間食事をしたとのこと。
「あ、、それでさ……」
「うん」
「えっと……」
淀みなく喋っていた彼女が、突然口ごもる。電話を持ち替えながら首を傾げていると、彼女が小さく話し始めた。
「降谷くん、どうしてる?」
彼女の言葉に、これ以上ないぐらいに心臓が跳ねた。口を一度開けるけれど、言葉が出ない。深呼吸をして、もう一度口を開いた。
「……知らない。連絡取ってなくて」
「あ……そうなんだ。もか……」
「私も?」
私も、ということは他の人も連絡を取れていないと言うことだろうか。座椅子に預けていた体を起こして、電話に食いついた。
「うん。この間ゼミ一緒だった男子と会ったんだけどさ、みんな降谷くんと連絡取れないんだって。警察学校ってもう終わってるんだよね?」
「うん……」
「そっか……。最後に連絡したのっていつ?」
少し迷ったけれど、彼女に事細かに零との連絡が取れなくなった詳細を話した。
「そうなんだ……ちょっと心配だね」
「うん……」
私だけが連絡を取れないのなら愛想を尽かされたのだと思うけれど、全員が全員連絡を取れないのは心配な気持ちが強くなる。
警察官は危険な仕事だ。なにがあってもおかしくはない。なにか、大きな怪我でもしているのかもしれない。
「こっちも連絡取れたらに教えるよ」
「ありがと」
「じゃあ、また来月」
「うん、バイバイ」
来月の食事の約束を確認して、携帯の通話を切る。
零に一体なにがあったのだろう。前みたいに戻れたら、そう思っていたけれど、もうそんなことどうでもいい。どうか、無事であってほしい。
躊躇いつつも、私は零にもう一度メールを打った。「今、どうしてる? 大学の友達も気にしてる」と。しつこいと思われるかもしれないけれど、いてもたってもいられなかった。
大学時代に零が住んでいた部屋は、警察学校に入る際に引き払ったため、今彼がどこに住んでいるのかわからない。零と私を繋ぐものは、携帯電話だけだ。今すぐ零の元へ行って安否だけでも確かめたいけれど、メールを送ることしか今はできない。
祈るような気持ちで、携帯を握りしめた。
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16.08.19