ただいまという声とともに零が部屋に入ってくる。ここのところ零はずっと日付が変わる直前の帰宅が続いていたけれど、今日は午後八時半、まともな時間に帰ってきた。事前の連絡通りの時間だ。そろそろお鍋の中の肉じゃがも完成しそう。
「おかえり、ご飯にする? お風呂にする?」
あと十分もしないうちに夕飯は完成するし、お風呂も沸いている。疲れているであろう零に好きな方を選ばせようとそう聞いたら、零は答えを返さずぽかんと口を開けてドアの前に立っている。
「どうしたの変な顔して」
「……いや、一瞬続きがあるのかと」
「続き? ……あ」
続きって? と思ったけれどすぐに思い至る。あれか。「ご飯にする? お風呂にする? それとも私?」ってやつか。縁がなくて言ってるときは気づかなかった。
零は頬をかいて少しばかり照れたような表情だ。その瞳にはちらちらと期待の色が見え隠れしている。
「……言ってほしいの?」
「いや、別に」
零は気のないふりをしているけれど、声色が少し浮かれている。これは、言ってほしいんだな。零もこういうの好きなのか。少し意外に感じるけれど、好きならまあ、柄じゃないけれど、零も連日の残業で疲れているようだし。
「……ご飯にする?お風呂にする?それとも私?」
照れを隠しつつ、零の望みの言葉をかけてみる。……うん。やっぱり恥ずかしい。私の柄じゃないだろう。どうにも居たたまれなくて視線を外したら、零が力強く私の腕を掴んだ。
「もう一回」
「えっ」
「もう一回」
「えっ、いや待って」
「もう一回」
あ、零、私が思っているより疲れているな。少し据わった目の零を見て悟った。これ、もう一回言ったらご飯もお風呂も選ばれないでしょ。
「ちょ、ちょっと待って」
零は私の腕を離したと思ったら、今度は腰に腕を回して髪にキスをする。これもう零は完全にスイッチが入っている。
「ひゃっ」
耳を甘噛みされて、小さく声が漏れてしまう。ダメだ、私も変な気分になってきた。
「もう一回」
「わ、わかった言うから」
逃げ場がないと悟った私は、小さく息を吐いた。恥ずかしい気持ちを必死に抑えて口を開く。
「……ご飯にする? お風呂にする? それとも私?」
うわ、やっぱり何度言っても恥ずかしい。急速に頬に血が集まっていくのが自分でもわかる。
零はそんな私を満足そうに見つめて、耳元で囁いた。
「
」
零の低い声に心臓が跳ねる。零の腕の中で身をよじるけれど、あっさりと唇が捉えられた。
ご飯とお風呂は一体いつになるのやら。
閑話休題01
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18.07.28