を幸せにできるのは俺以外にいない。大学の頃は、本気でそう思っていた。自惚れや虚勢ではない、確固たる自信だった。隣で笑う
を見るたびに、その時間が増えていくたびに、その自信は深まっていく。自信が確信に変わったのは付き合って初めての
の誕生日、指輪を贈ったときだ。嬉しそうに涙を浮かべる
を見て、きっと
にこんな表情をさせられるのは俺の他にいないのだろうと確信した。自信家すぎると笑われようと俺は本気で思っていた。
明確に結婚というビジョンを意識し始めたのもそのときだった。
にはっきりと話したわけではなかったが、
も同じ気持ちだろうと思っていた。元より
も「いつか別れるつもり」で誰かと付き合うような性格ではない。このままずっと一緒にいて、そう遠くない未来に結婚なんて話が出るのだと思っていた。
それを古くからの友人に話したら「相変わらず真面目だな」とからからと明るく笑われた。真面目で何が悪い。そう返したら「いいことだろ」と、「彼女は幸せ者じゃないか」と和やかな笑みを向けられた。そいつはもういなくなってしまったが。
警察学校に入ることが決まり、長く会えない時間が続くだろうと思われたときも自分たちなら大丈夫だと思っていた。それぐらい、
のいない未来が俺には見えなかった。警察学校を卒業したらプロポーズしようと思っていた。年齢的には少し早いかもしれないが、早すぎるというほどでもない。
そう思っていたのに、結局そのビジョンは叶わなかった。俺の警察学校と
の仕事、どちらも想像以上に厳しくすれ違う日々が続いた。電話の向こうの
の声が、だんだん弱っていく。「会えなくて寂しい」と、「会いたい」と、何度も何度も言われた気がした。しかし、気がしただけで、
は一度たりともそんなことは言わなかった。
が忙しい俺に気を遣っているのは明らかで、それが余計に苦しかった。
警察学校を卒業した後、公安の所属になり潜入捜査を命じられた。そのとき、もう
に二度と会うことは叶わないと悟った。その時点ですでに四ヶ月も連絡を取っていなかったし、周囲の人間を巻き込むほどの危険な任務だ。
のことを思うなら別れた方がいいことは明白だった。警察学校の友人ですら、連絡を取ることはもうないだろう。
のことが好きだった。しかしもう忘れないといけない。「
を幸せにできるのは俺だけ」なんて、若さ故の思い上がりだったのだ。幸せにするどころか結局一番苦しめた。きっと
のことだから俺がいなくても誰かと幸せになるだろう。もしくは一人でも凛と立って生きていくだろう。
どうか、幸せに。
誰にも聞こえないように呟いて、彼女との思い出の品をすべて捨てた。
あれから何年かの時を経て、一度別れたはずの
と再び出会った。
の現在の居住地近くで潜入捜査をする以上、再会自体はあり得なくはないと思っていたが、関係が再開することになるのは想定外だった。
の幸せを願ったはずだった。けれど結局手放せなかった。たとえ苦しませようと、手放したくないと思ってしまった。
結局、大学の頃に思い描いたように
と結婚することになった。今、
は俺の隣にいる。こんな未来になるなんて、
も想像していなかっただろう。
お互い休日の今日、ある程度の家事を終えた今
はソファに座りぼんやりとテレビを眺めている。テレビが流しているのは十数年前のミステリー映画だ。犯人もトリックも予想がつくが、ラストシーンを待たずに口にするほど野暮ではない。
の隣でコーヒーを飲みながら俺もテレビに視線を向けた。
「……犯人、言わないでね」
「言わないさ」
「やっぱりわかってるんだ」
はCMに入ったタイミングでそう言うと、ソファの背もたれに寄りかかる。唇を尖らせているように見えるあたり、
はまだ結末を予想できていないのだろう。
「あれ、鳴ってるの零の携帯?」
「ああ」
の拗ねた表情を楽しんでいると、ポケットの中の仕事用の携帯が鳴った。この携帯に着信が入るということは、今すぐ来いと言うことだ。
「仕事?」
「ああ、悪いな」
「いーえ」
電話を簡潔に済ませ、仕事の支度を始める。今日は予定があったわけではないが、休日のゆったりとした時間に仕事の呼び出しがあるとやはり
に申し訳ない。当の
は特に気にする様子も見せないが。
「忙しくなりそう?」
「ああ。多分」
「大変ね」
Yシャツに腕を通しながら
の問いかけに答えた。先日やっと大きな案件が一段落したと思ったらまたすぐにこれだ。電話ではおおまかな話しか聞けていないが、今回もややこしいことになりそうだ。
カップに残っていたコーヒーを飲み干して、出勤する支度を整えた。玄関で靴を履いていると、
が見送りに来てくれる。
「洗濯機、回してるから干しといてくれ」
「はーい」
「いつも悪いな」
詫びの言葉を口に出すと、
はふっと口元に笑みを作る。
「知ってる? 離婚の原因にすれ違いがあるって」
「……嫌なこと言うな」
「冗談」
は今度は作り笑いではない、おかしそうな表情で笑うと一歩俺の方へと歩みを寄せる。そのままぐいとシャツを掴むと、触れるだけのキスをした。
「頑張れ、お巡りさん」
の言葉に、胸が震える。思わず
を抱き寄せた。温かな体温と、穏やかな心臓の鼓動が伝わってくる。
忙しさは、昔も今もさほど変わらない。日々の流れに忙殺され、まさに文字の通り心を亡くす感覚にとらわれる。仕事の内容だって決して褒められたものではない。
には言えないようなことを、してきた自覚もある。
こんな自分がここにいていいのか、こんな感情を抱いていいのかと自問するときもある。
それでも、
に触れると、思わずにいられない。「幸せだ」と。
腕の中で俺を抱きしめ返す
を感じて、
も幸せを感じているだろうことが伝わってくる。
の幸せを願って一度は彼女を手放した。それでも結局手放せなかった。たとえ苦しませようと、手放したくないと思ってしまった。
しかし、それももう昔の話だ。手放したくないのは今も変わらない。変わったのは、いや、戻ったのは自信だ。大学の頃に抱いた自信は今も胸にある。
の左手に触れた。薬指には俺が贈った指輪がいつどんなときもある。首もとには結婚記念日に贈ったネックレスも。
俺を幸せにするのが
だけのように、
を幸せにできるのは俺以外にいない。もう、迷うことはしない。
にひとつ、キスを落とす。別れの時間だ。だが、すぐにここに戻ってくる。
「行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
My sweet home
←星を見つけた日
21.07.03
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