私たちの結婚式は簡素なものだ。ほんの少しの身内だけで、披露宴も二次会もない。私はあまり派手なものは好まないし、零もそれに頷いてくれたからこのシンプルな式となった。
「
」
ドアの向こうからノックと同時に零の声がする。ノックに答える前に、私は瞳を閉じた。瞼を開ければ、目の前の鏡に映るのは花嫁衣装に身を包んだ自分の姿だ。見慣れないその姿に、胸が疼く。
小さく息を吐いて、ドアの向こうの零に「どうぞ」と答えた。少し間を置いて、そっと扉が開く。
正装の零と、目が合った。
「綺麗だ」
表情をほのかに緩ませた零がそう言った。ストレートな言葉に、わたしも目尻を下げる。
「ありがと」
いつもと違う格 好がむずがゆい。目線を泳がせると時計が視界に入った。式が始まるまでまだ時間は少々ある。
「本当に結婚するのね」
「信じられないか?」
「信じられないって言うより……ふわふわしてる」
不思議な感覚だ。零と再会したあの日からの、すべてが夢のようにも思える。
そもそも再会してからは、「恋人」というには微妙な関係だった。あの関係からすぐに「結婚」を想像できるほど、私はのんきな人間ではない。
「本当はもっと早く結婚するつもりだった」
零は言いながら私の手を取る。手袋越しでも、零の温もりが伝わってくる。
「大学のとき、
が親戚の結婚式に出たことがあっただろ」
突然の零の言葉に、大学時代のことを思い 出す。確かあれは大学三年の初夏、従姉の結婚式に出席した話を零にもしたのを覚えている。
「よく覚えてるね」
「話聞いたときに、
と結婚すること考えたから」
零の言葉に、顔を上げる。
「あのとき
から結婚式の写真見せられて、いいなと思ったんだよ」
零は私の手を取ったまま、視線を上から下へ。私の姿をじっと見つめた後、そして再び私と目線を合わせた。
「やっと見られた」
十年分の思いが込められたその言葉に、涙腺が緩む。式の前の今、泣くわけにはいかない。上を向いて、深呼吸をひとつ。
「ずいぶん遠回りになったけど」
「そうね、お互いに」
私も零ほど明確なきっかけはなかったけれど、大学のときはきっとこ の先いつか零と結婚するのだろうと思っていた。一度は消えたその思いが、ようやく叶う日が来たのだ。
零と出会ってからこれまでのことが思い返される。大学時代、付き合い始めた日のこと、彼が警察学校に入る直前のこと、ポアロで再会した日のこと、プロポーズをされた日のこと。すべてが昨日のことのように思えるし、もうずっと前のことのようにも思える。
「
」
「私、どんな顔してる?」
零の指が、私の頬をなぞる。私は今どんな顔をしているのだろう。涙をこらえた顔なのか、笑顔なのか、自分ではわからない。
「綺麗な顔だ」
思ってもみなかった回答に、私は思わず笑ってしまう。「ありがと」と答えると、零が私の目の端を人差し指の背で拭う。
私の視線と零のそれが、重なる。
零の顔が、近づいてくる。
「こら」
触れる寸前で、零の唇を手のひらで制止する。驚いたのだろう、零の見開いた目がおもしろい。
「キスは後で、でしょ?」
「そうだった」
零は私から一歩離れて両手をあげる。
誓いのキスは式のクライマックスだ。口紅も取れるかもしれないし、キスはまだお預けだ。
「ああ、そろそろ時間だな」
もうすぐ式の始まる時間だ。身内しかいないとはいえ遅れるわけにはいかない。
「そうね」
いよいよ式が始まる。そろそろスタッフも来るだろう。
「零」
名前を呼んで、零を抱きしめた。
「後で、じゃなかったのか?」
「いいでしょ 、このぐらい」
この人が好き。本当に本当に好き。ずっとこの日を夢見ていた。
「零、私、幸せよ」
零が私の背中に手を回す。耳元で聞こえた「俺も」という声が、いつまでも耳に残った。
夢の景色
22.05.01
シリーズの二人は結婚式やらないイメージで書いていましたがハロ嫁見たら結婚式してるとこ書きたくなったので書きました。
番外編的な感じでゆるく読んでくれればうれしいです。
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