mother's day




※注意事項
組織壊滅して十年後ぐらいのイメージ。奥さん(ヒロイン)亡くなってます。赤井さんとヒロインの子供が出てきます。宮野明美の話も少し出てます。



 空港のゲートは送迎の人だかりで騒がしい。赤井はあたりを見渡して、目当ての人物を探す。彼女はきっともう来ているはずだ。
「あー! いたー!」
 赤井が彼女を見つけるより先に、彼女のほうが赤井を見つけた。小さな体を賢明に動かして、彼女は赤井の元に駆け寄ってくる。
「お父さん!」
 彼女は赤井の一人娘だ。久しぶりの父親の姿に、弾けんばかりの笑みを浮かべている。
「久しぶりだな、元気にしてたか」
「うん! 元気!」
 娘は赤井の腕に飛び込んだ。半年ぶりに会う父親に思う存分甘える娘。赤井もそれに応えるように娘を軽々抱き上げた。
 二人の元に、背の高い女性が一人歩いてくる。
「久しぶりね、秀一」
「母さん。いつも悪いな」
 赤井の母親のメアリーだ。今娘の面倒を見ている人物である。
 娘の母親、即ち赤井の妻のは、四年前に事故で亡くなった。娘が一歳になる直前のことだった。
 FBIの仕事をしながら幼い娘の育てることは不可能に近い。の家族もすでに他界していたため、メアリーが住んでいる日本で娘を育てることになった。赤井と娘が顔を合わせるのは半年に一回程度だが、細かく連絡を取っているためか娘は赤井になついていた。会うたびお父さん、お父さんと言って小さな腕で抱きついてくる。
「大丈夫よ、この子はいい子だもの。さん似かしら」
「遠回しに俺の悪口か?」
「あら、自覚はあるのかしら」
「わたし、いい子にしてたよ!」
 赤井とメアリーが遠慮のない会話を繰り広げていると、娘が高々と手を挙げた。
「そうか、いい子にしてたか」
「えらい?」
「ああ、偉いぞ」
「えへへ」
 褒められて目尻を下げ笑う娘を見て、赤井も頬を緩ませる。メアリーの言うとおり娘は容姿も性格も母親似だ。娘を見ていると生前のを思い出す。
「いい子にしてたご褒美に、なにか買ってやろう。欲しい物はあるか?」
「ほんとう? ええと、えっとね。ううんと」
「焦って決めなくてもいい。しばらくはこっちにいるからな」
「うん!」
 赤井の言葉に娘はまた笑顔を見せる。そんな娘を見て赤井の表情も綻ぶ。
 赤井は娘の笑顔を見るたびに、まさか自分がこんな単純な人間だったとはと思う。娘がこんなに可愛いものだとは。
 そもそも自分が子供をもうけるとは思っていなかった。いや、それこそ結婚をするなんて思わなかった。再び誰かを愛することなどないのだろうと、ずっとそう思っていた。
 娘の中にの面影を見出しながら、赤井は昔を思い出す。と出会った頃のことを。娘は本当に母親似だ。





 空港からメアリーと娘が住む家に行く前に、赤井と娘はメアリーに荷物を預けて、とある幹線道路に来た。近くの花屋で買った花束を曲がり角のガードレールに置く。
 は四年前の今日、この場所で車に轢かれて亡くなった。の親戚に娘を見せるために来日していたときのことだった。を轢き逃げした犯人は未だに捕まっていない。
「ピンクのおはな、きれいだね」
「ああ、が好きだった花だ」
「おかあさんが……」
 娘にの記憶はほぼないし、死そのものもまだ理解してはいないだろう。それでも娘はこの場所に来ると、ほんの少し顔を曇らせる。
 の墓はない。日本にもアメリカにも墓は作らなかった。は日本人、赤井はすでにアメリカ人、二人の居住地はアメリカ、しかし親戚関係はほぼ日本住まい。そうなれば墓参りも難しいし、墓はなくていいだろうと結婚したときに話したのだ。実際作らずにいてよかったと思っている。毎年この事故現場との写真に花を手向けられればそれでいい。
「おとうさん。おかあさん、どんなひとだった?」
か? そうだな……」
「このあいだね、おばあちゃんがおじいちゃんとのなれそめ? っていうの話してくれたよ。おとうさんとおかあさんの、なれそめは?」
「馴れ初めか。そうだな……」
 赤井は娘の頭を撫でた後、少し言葉を詰まらせた。
「……お前が大きくなったら話そう」
「ええー!」
「まだ早い」
「ぶう」
 頬を膨らませる娘を宥めるように、赤井は娘を抱き上げた。
「拗ねるな。アイスでも食っていくか?」
「アイス! 食べる!」
「よし」
 ころっと機嫌を直した娘を見て、赤井はそのまま歩き出す。
 娘があっさり引き下がり内心安堵していた。が亡くなって四年。の死自体は受け入れている、つもりだ。しかしそれでも今はまだ、のことを言葉にして話すことはできそうにない。





 その日の夜、娘が眠ったのを確認した後赤井は棚に置かれたの写真を手に取った。写真の横には娘が買ってきたカーネーションが飾られている。先ほど事故現場に添える花束を買った際に一緒に買ったものだ。
「今日は母の日だったな」
 カーネーションを買おうと言い出したのは娘だった。「おかあさんのぶんと、おばあちゃんのぶん」と言って二輪のカーネーションを大事そうに見つめていた。娘からカーネーションをもらったら、はどんな顔を見せただろうか。きっと喜んだことだろう。
 が亡くなったとき娘はまだ一歳に満たなかった。当然母の日にカーネーションを贈れるはずもない。それが今は自らカーネーションを買おうと言い出すし、馴れ初めまで聞きたがる。女の子というのはませたものだ。
 赤井は写真を見つめながら昔のことを思い出す。
 と出会ったのは七年前のことだ。仕事でアメリカに赴任していたが道端でトラブルに巻き込まれているところを赤井が助けた。それが出会いだった。住んでいた場所が近かったこともあり、二人はたびたび会うようになった。もう誰かを愛することはないだろうと思っていた赤井の心も、の笑顔に絆されていった。
 赤井の過去のことをに話したこともある。無論すべてを話せるわけではないが、大切な人を自分のせいで死なせたこと。それを話したとき、は何も言わずに赤井に寄り添った。そのとき赤井は、となら生涯をともにできるだろうと思った。
 しかし、そのももういない。この世界のどこにもいない。
「お前がいない世界は、慣れないな」
 赤井はおもむろに懐から煙草を取り出した。箱の中から一本取り出して、火をつける。
 娘ができたとき、煙草はやめた。にやめろと言われたからだ。
「……今日ぐらいは、いいだろ」
 写真の中のに許しを請う。写真からは何も返ってこない。
 煙は宙に浮かんで、消えていく。





mother's day
17.05.14



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